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SS 6

5時55分

もうすぐ夏になるというのにまだまだ肌寒い日が続いていた。海に近いこの土地では、夏の前から夏が終わる頃まで、海から濃い霧が入ってきて視界を悪くする。幻想的な世界が楽しめてうらやましいと多くの人たちは言うが、この土地で暮らすものにとっては鬱陶しいだけの存在でしかなかった。

霧は日が昇れば太陽の熱により晴れるのが大抵だが、ときには一日中晴れない日もあり、太陽が見えない日が一週間以上も続けば気も滅入ってくる。疎ましく思うのも当然だろう。


朝もまだ早い時間の霧が煙るひと気のない駅のホームで、小さな鞄を足下に置いて男は立っていた。列車の時刻にはまだ暫くあった。男は鞄から愛用のデジタル一眼レフカメラを取り出すと、停車している列車を次々に写していった。

四十を目前にした男の胸は年甲斐もなく高鳴っていた。

カメラは好きだ。列車も好きだ。そして何よりも列車に乗って旅をすることが好きだった。

マニアの間で密かに人気のある列車がある。五時五五分発の列車。

男はその列車を待っていた。

男は二ヶ月も前から旅の予定を立てて楽しみにしていた。

見て回りたい観光地や乗りたい列車をあげて計画をつくると、かなりの強行スケジュールとなってしまった。これでは家族の満足度は得られないだろう。案を練り直してみても、どうしても自分の我が儘が入ってしまって、家族から不満の声が出るのは間違いなさそうだ。そこで思い切って一人旅の予定を立てて家族に申し出てみると、あっけなく承諾された。たまには父親がいないと羽を伸ばせるのか、おみやげはしっかりと要求されたがそれだけだった。少し寂しい気もするが、そんなものなのかもしれない。

霧の向こうから待ちこがれた列車の明かりが近づいてきた。

男はしっかりとその姿をカメラに捕らえた。ファインダー越しに覗いたその姿は、霧により幻想的でなんとも言えない雰囲気をまとっていた。そして男は霧の中から荘厳な姿を現した列車を再びカメラに収めた。今日だけは霧も悪くないと思えた。

列車はホームに入ってくると静かに停車した。男の目の前に扉はあった。扉が開くまでの緊張感がたまらない。扉が開かれると、男は逸る気持ちを隠さずに列車に乗り込んだ。ひとまずは座席番号を確認して席についた。列車は五分ほど停車してから定刻どおりに出発した。

ほどなくして車窓の景色がコンクリートのホームから自然の緑に変わると、男は列車内の探検を開始した。これも楽しみのひとつである。特に思わぬ発見をしたときは嬉しさもひとしおだ。子供のころによくやった宝探しの高揚に似てるかしれない。

男はまず食堂車に向かった。一般車両もそうだったが、食堂車の内装も期待を裏切らないこだわりの落ち着いた造りになっていた。写真やパンフレットで見たことはあるが実際に目にするのは初めてだった。見たものにしか味わえない、匂いや重みが伝わってきて肌で感じると想像が掻き立てられる。少年に戻って宝の箱を探しまわり、ついには山となった宝を手に入れるのだ。

宝探しを終えた男が席に戻ると向かいの席に老婆が座っていた。

膝の上においた小さな風呂敷を抱えるようにして座っていた。

男は軽く挨拶をしてから席に着いた。

「お前さん、どこまで行きなさるね」

老婆が返してきた。

男は誕生日の記念に旅をしているとだけ答えた。社交辞令で聞いてきたのだろう。あまり多くを話す必要もないだろう。

「誕生日かね。それはめでたい。何かお祝いをしなくては。しかし、あいにくと何も持ち合わせていないのだが、ここで会ったのも何かの縁かもしれん。この婆の話を聞いてくれるか」
そういって老婆は話し始めた。