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SS 6

5時55分

「さて何から話したらいいかの。なにせひとに話したことがないのでうまく話せるかどうか。それでも聞いてくれるか」

男は首を縦に振って返した。

「わしの住んでいた村は海の近くにあってな。村人のほとんどが漁師だった。村には古くから伝わるおきてがあってな。 七月の満月の夜には決して漁をしてはならない。決して海に潜ってはならない。決して海に近づいてはならない。 おきてを破った者は海の神からの怒りを買い、必らずやその身にこの世のものとは思えぬ苦しみを受けるであろう」

低く響く老婆の声が真の苦しみを語っているようで、男はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「これはわしの想像にすぎないのだがな。まだおきてがなかったころ、七月の満月の夜に漁をした者がなんらかの災いを受けたのだろう。 それも今までに見たこともないような酷い災いだったにちがいない。 おきては犠牲者を増やさぬためにつくられたのだろう。 しかしときが経てばおきての怖さも目的も薄れていくものだ。 ある日、村の若者たちのあいだで七月の満月の夜の海に潜ろうという話が持ち上がり、若者たちは七月の満月の夜に集まって海に潜った。 当然、他の村人たちには秘密のことだ。 わしも今ではこのとおりですっかり衰えてしまったが、若いころは村一番の海女と言われていてな。 わしも皆と一緒に海に潜ったのだよ。 もちろんおきてのことは知っていたさ。 しかしどこの村にも似たようなおきてはよくあるものだ。 だからこれもよくあるただの迷信だと思っていたのだよ。 わしだけではなく潜った誰もがそう思っていたのだよ。祟りなどあるはずがないと、そう思っていたのだよ。」

そう言って遠くを見つめる老婆が男の目には若くて美しい魅了的な女となって映り、さらに瞳に宿した切なげな光に男は不覚にもどきりとした。

ばつが悪くなってうつむいた男の様子を気にもせず老婆は続けた。

「海はいつもと変わりなく奇麗だった。いや、海はいつもより神秘的で奇麗だった。 私は一、二時間ほどして海から上がった。他の者たちはすでに上がっていた。 七月と言ってもまだ肌寒い。皆は焚き火を囲んで暖をとっていた。私もそれに加わり、皆が得意げに興奮混じりで話す潜った感想を聞いていた。 わたしは海の底で鏡を拾っていた。鏡には見事な装飾が施されていて特に壊れている様子もなかった。 しかしわたしは鏡のことは語らずに、皆のはなしをただ聞いていた。やがて解散のころとなり皆は各々の家に帰ったが、わたしは海辺を散歩してから帰ることにした。いまにして思えば、皆と一緒に帰ったほうがどんなに良かったかと思わずにはいられない。 しかし空があまりにも綺麗だったので、どうしてもそのまま帰る気にはなれなかったのだよ。 空には月はもちろんのこと星々までもが輝いていて、プラネタリュウムなどとてもおよばぬほどに空一面が満天の星で埋め尽くされていた。 私は空に吸い込まれそうだという意味を初めて実感したよ。 」

男は妙な引っかかりを覚えていた。それはしっかりと顔に出ていたようで老婆にも気付かれてしまった。

「そうじゃよ。満月の夜に星などでない。月の明かりが星の明かりを消してしまうからな。 そんな簡単なことに気づかぬほど私は浮かれていたのじゃよ。おきてを破った罪悪感と高揚感がそうさせていたのかもしれんな。 私が空を見ながら浜辺を歩いていると流れ星があった。流れ星はまたたくまにひとつまたひとつと増えていき、やがて無数の星々が次々と海に降り注ぎ落ちていった。 空は星の明かりで青白く染めあげられ、水面のさざ波までもがはっきりと見えるほどだった。 ほどなくして天体しょうは終息したが、空には変わらず輝く月と瞬く無数の星が広がっていた。 暫く歩いていると波打ち際に沿って長く続く光の帯をみつけた。 それは無数の光る小さな貝が打ち上げられて波の形を残したものだった。 よく見ると光る貝は五色あった。わたしは五色の貝を拾い集め、鏡とともにわたしだけの秘密の場所に隠すことにした。 秘密の場所というのは陸から離れた岩場にある小さな洞窟で、さらに潮の引いたときだけ海面の上に入口が現れるのでめったなことでは人目につかない。 その日も入口は隠れていて、私はいつもどおり海に潜り洞窟に入っていった。 海面の下にあるのは入口部分だけなので、中に入ればすぐに息ができる。 奥には宝物を隠すのに最適な広間があり、わたしは鏡と貝を広間の奥の片隅に置いてから家に帰った。 両親はまだ床で寝ていて、抜け出したことに気づかれている様子はなかった。 夜明けが近かったがわたしも空いている床に入り横になった。 興奮して眠れないと思っていたが、眠りはすぐにおとずれて私は深く眠った。 そして五日目の朝を迎えた。 海に潜った仲間にも私にも何事もなく、いつもどおりに漁に出かけた。 夜になってからわたしは秘密の場所に向かった。 円に近い月が夜空に浮かんでいた。 広間にあがった私は転がる巨大な塊を見て我が目を疑った。 貝は光を失ないただの貝となっていたが、驚くほど成長して抱えるのがやっとの大きさになっていた。 光っていた貝だ。 きっと格別な味がするに違いないだろう。外の貝殻は何かの妙薬になるかもしれないので煎じることにした。 まず中身を出さなければいけない。 貝の突端に穴を開けてロープを通して上から吊した。 幸いにして巻貝だったので上から吊るすのに適当だった。 吊された貝は傾きかけた月光により照らされ、さらに鏡が反射する光にあたって浮き上がって見えた。 程なくして重力に従い中身が出てきた。 ずるりずるりとぬめる粘液を新鮮な身にまとわせながらゆっくりと抜け出てきた。 最後は貝殻と離れるのをためらうように繋がっていたが、やがて力尽きてぼとりと地面に落ちた。 少しのあいだは冷たく固い地面を這うそぶりをみせつつ蠢いていたが、やがて激しく痙攣すると、ゆっくりと集束して固まって動かなくなった。 塊は月光に照らされて怪しく光っていた」